HISTORY

古歌に詠まれた景勝地から
大阪有数の邸宅街へ。

風光明媚な海辺の景勝地として、千年以上前から名声を博してきた浜寺の地。その面影は今も、この街の風景に息づいています。

浜寺公園 松林

都びとの憧れを誘った
名勝・浜寺の風景

万葉集の時代から、白砂青松の美しい景観で知られた浜寺周辺。かつて高師浜(たかしの はま)と呼ばれた一帯の風情は、遠く離れた都びとをも魅了してきました。その人気ぶりは、 古今和歌集や百人一首などに収められた名歌からもしのぶことができます。

公立公園としては日本最古
美しい松林に包まれた浜寺公園

1873年開園の浜寺公園は日本最古の公立公園。美しい松林は明治維新の元勲・大久保利 通の働きかけによって残されたものです。その後、南海鉄道や阪堺線が開業すると、海に面し た浜寺公園は東洋一の海水浴場としても人気に。そのにぎわいは昭和中期まで続きました。

昭和41年頃
昭和46年
明治40年頃の「浜寺公園」駅の駅舎

邸宅地・浜寺の発展を
力強く支えた南海電鉄

1897年開業の南海鉄道は、大阪南部の開発に大きく貢献。特に白砂青松の保養地・浜寺 周辺では、富裕層の別荘や豪邸の建設が増加します。南海側も浜寺までの複線電化実施、 名匠・辰野金吾による「浜寺公園」駅新築などを次々と断行。地域の発展を後押ししました。

歳月の中で磨かれた
邸宅地・浜寺昭和町。

大正~昭和にかけて成立した浜寺周辺の邸宅地の中でも、浜寺昭和町では1区画150坪以上、空地率60%という厳しい基準を確立。その結果、広い庭のある敷地に美しいたたずまいの邸宅が連なる街並みが完成。歳月を重ねた今も、多くの人々の憧れを集めています。